これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

続・〜すべきという表現

〜すべきという言葉を使われて不快に感じる理由が、もうちょっと明確になった。どうも、私の周りでは「理想の状態でないこと」を責めるために、使ってしまうことが多いようだ。「理想の状態」って満たされることがない(A時点での理想状態Bを達成しても、新たな理想状態Cが現れるから)ので、そこを基準にしてしまえばいくらでも責めることができるわけで。「責める」が先にあって(=目的)、それを実行可能にするために「理想の状態」を示す(=手段)。目的と手段が逆になってるんだな〜。理想を目指すのとは、大きな違いじゃないですか。
まぁ、そんなわけで、現場経験もないのにやたら理想を掲げて、そうなっていないことを批判しまくる人を目の前にして、思わず手元にあった資料を丸めてすこ〜んと叩きたい衝動を抑えるのに必死な金曜の昼下がりでしたとさ(先週の打ち合わせ)。いーから、おまいがやってみろよ、と。