これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

「型」とは手順の形式化

GTD本に「型」が出てきた。
今まで「型=基礎」みたいなイメージがあった。
でも、ちょっと違うんだな。
今の理解では「型=手順を形式化したもの」。
こっちの方がしっくりくる。

型を習得する前は、「型」は定まらない。
が、型を習得した瞬間、
それは既に「『型』を超えたもの」になる。
・・・
例えば、車の運転の仕方という「型」がある。
「型」をマスターするまでは、
どうすればその「型」どおりに動けるのかどうか、
苦労することになる。
ただ、一旦その「型」が身につけば、
車を運転することは「移動手段」や「自己表現」、
「探検」や「交流」といった意味を持ち始める。

手順を意識しなくなり、
目的を意識し始めた段階に至って、
「型」をマスターしたと言えるのだろう。
(これが守破離の「守」なのかな)


仕事に型を作ろう。
瑣末なこと(手順)に囚われず、
本来の目的に集中するためにも。


(追記)
GTDも当然「型」。
「型(GTD)」をマスターすることで見えてくるモノは何だろう。
それがとても楽しみになりました。