これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

習慣を意図的に選択する

ここの続き。
作業Bの前に作業Aをやるということに必然がないとすれば、
いま作業A→作業Bという手順になっているのは偶然だ。
で、あるが故に、
仮に、その手順で上手くいったとしても、それは「たまたま」なんだ。
手順というのは、そのプロジェクトの期間・規模・要員・顧客等、
様々な状況に合わせて決めなければならない。
それが出来てこそ、プロジェクトを成功へ導くことができる(可能性が高くなる)。


さて。
では、たまたまその手順で作業しているプロジェクトがあったとしよう。
で、「なぜ、その手順で作業してるの?」と問いを投げてみる。
良くある回答としては、「いつもそうしてるから」ではないだろうか。
あるいは、先輩からそう教えられたから、なんてものあるだろう。
あるいはあるいは、以前、優秀な人がプロジェクトにいて、
その時の状況に合わせた最適な段取りを定めたのかも。
それをずーっと守ってるのかも。
それはつまりこういうことだ。


最近、読み始めた本に偶然、この話題に適した例え話が載っていたので引用。

Ship it! P9より
 ハムを料理するとき、いつもハムを切り、最初に3分の1を捨てていた女性の
話を聞いたことがあるでしょうか。その理由を尋ねられて彼女は「いつも母親が
そうしていたから」と答えました。そこで母親に尋ねると、彼女の母親がいつも
そうやって料理していたそうです。とうとうその母娘は祖母に理由を問いただし
ました。すると祖母は「私が若かったころはハムを丸ごと入れられる鍋がなかっ
たからいつも端を切り落としてたの。それが習慣になったのよ」と答えました。

どうだろう?
今の状況に合わない習慣を律儀に守る姿は、奇妙に思えないだろうか。
また、同書には以下のような記述もあった。

習慣を偶然に身に付けるのはやめましょう。習慣は意図的に選んでください。

すばらしい。
そう、こういうことなのだ。


運にプロジェクトの成功をゆだねるわけにはいかない。
そのプロジェクトの段取りは、
そうなっていることに必然がありますか?