これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

それは誰のための時間なのか

下請け企業で働いてると、
この作業は一体誰のための作業なのか、
と疑問を抱くことがしばしば。


純粋なソフトウェアの価値というものは、
それを利用する人にソフトウェアで利益を得てもらったり、
便利だと思ってもらったりする点にあると思う。
しかしながら、下請け企業で働いていると、
ソフトウェアの利用者たるユーザーのためではなく、
元請け企業のための作業が発生したりする。
(間接的にユーザーに繋がっていればいいが、それもない)


こういった作業を行う時間は、
ソフトウェア開発という点において、
全く価値を生み出していない。
私はこの時間が酷く苛立たしいのだ。
自分のやっていることに価値がないということに。
何かの作業に従事しつつも、
実は何も生産していないということに。


顧客とシンプルな関係を、
というのをXP祭りで聞いた言葉けど、
本当にその通りだと思う。
もっとまっすぐにユーザーの価値を追い求めたい。
強く、そう思う。