これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

「やらされている」のか、「自らやっている」のか

意識の持ち方の話。
ある同じ仕事をしているAさんとBさんがいます。
Aさんは、上司の命令で仕方なくやっています。
つまり、「やらされている」という意識。
Bさんは、上司の命令が発端ではあるけれど、
その仕事をやるかやらないか、
自分で判断して決めました。
つまり、「(自分の意思で)やっている」という意識。


両者の差は何に現れるのだろうか。


それは、結果に対する姿勢の違いへと繋がる。
Aさんの場合、状況が悪くなると、
その責任は命令を下した上司にあると考える。
当事者意識が薄く、他者依存的だ。
Bさんの場合、状況が悪くなると、
それを招いた責任は自分にあると考える。


この違いは、次のステップで更に大きな差になる。
Aさんは、いま上手くいっていないのは
他人のせいだと考えるので、
その状況を改善するのも他人の責務だと考える。
(あの人の言った通りにやったのに、上手くいかないじゃないか!何とかしてくれ!)
Bさんは、責任は自分にあると考えるので、
その状況を自ら改善しようとする。
(今回はこうやったけど、それじゃ上手くいかないんだな。次は・・・)


Aさんは、自分のおかれた状況が改善されるかは、
他人任せになっているので、運次第だ。
Bさんは、自ら改善しようとしているので、
自分の行動に応じて、
状況を変化させていくことができる。


さて。
こんなことが日常的におきるわけである。
スタートは単なる意識の持ち方の違いでしかなかったが、
数年経った後、
AさんとBさんの間にどれだけの差が生まれているか、
想像するのはそんなに難しいことではない。