これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

それはみんなにとっての問題なのか?

プロジェクトでも会社でもいいんだけど、組織の中の人が問題を指摘すると、通常、その問題が取り上げられてアクションが取られる。
で、その問題を指摘するのは、その組織において声の大きい人だったりする。その人が、みんなにとっても問題であることを代弁する形で声を上げる場合はいいのだが、自分にとってだけの問題を言っている場合には注意が必要だと痛感。
その問題に対してアクションをとることは、組織にとっていいことなんだろうか?逆に他の大勢の人にとって、問題を増やしてしまうことになるかもしれない。
たぶん、その問題への対処の是非を判断するのに必要なものは、「戦略」なのだ。その時の組織の方向性や、戦略上の目的に対して、問題を解決する方が良いのか、問題を解決しない方が良いのか。いや、そもそも問題足りうる問題なのか、それは、と。戦略なき個別の判断は、目の前のことについてはいいのだが、組織のシステムそれ自体を狂わせてしまうことがあるように思う。
更に言えば、戦略の是非を問うものは組織のビジョンや理念や価値観。これについては羽生さんのエントリがグッと来た。
問題とは、理想(ToBe)と現状(AsIs)のギャップ・・・の「原因になっていること」なので(某マジカセミナーより)、その理想ってだれの理想よ?ってのをちゃんと見極めないといけないな、と。そして、組織の理想が定まっていないというのは、つまりそこを見極める軸がないってことだから、それって危ういことなんだなって思った。しかも、いかにも常識的で正当そうな問題があがってきたときが、一番危険な気がした。常識なんて、あってないようなもんだし、「常識的に考えてそうだろ?」ってのは思考停止の表れだ。たぶん。

  • その問題が解決しないと、どうなるのか?誰が困るのか?
  • その問題が解決すると、どうなるのか?誰が嬉しいのか?
  • それらと組織の理想を比較した上で、それは問題足りうるのか?

それがあった上で、

  • その問題の原因って、何か?
  • そもそも何処を解決すればいいのか?

だな。