これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

公私は分けて考えるべきか

否。お仕事がプライベートを侵食する、という意味ではないです。念のため。
公私混同するなとは言いつつも、実際、「私」によって「公」での仕事の質は変わるし。もちろん、その逆も。そんなドライに切り離せるもんではないように思う。であれば、組織デザインに思いを馳せたときに到達するのは、社員のライススタイル全体を考慮にいれた仕組みが必要だという考え。無論、会社が全てを支援することはできないだろうけど。んでも、例えば勤務時間・勤務場所・報酬の選択肢が増えるだけでも、随分違うんだろうな、と。
あと、色んな価値観が認められる文化の醸成。「子供との時間を増やしたいから、1年ほど週三日の勤務にさせてください」は勿論のこと、「ウィンタースポーツ強化月間なんで、今月は週休3日にします!」なんてのもありかと。んで、それが言いやすい雰囲気が、組織にあるか否かが大切に思える。
まぁ、最も、そうなったら社員には自己を適切にマネジメントしていく能力が求められるだろうし(みんな大人でしょ?ってこと)、仕事の成果にマイナスがあるようなら報酬面にも影響があることを事前に合意しなきゃいけないだろうなぁ。