これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

価値観、ビジョン、戦略、行動

価値観・ビジョン・戦略・行動というものに考えを巡らせる。思ったことを脳みそ垂れ流し的にメモ。基本的に個人も組織も一緒じゃないかと思う次第。
戦略とは、「ある状況や状態」を作り出すための行動の方向性。んで、「ある状況や状態」というのがビジョン。n年後にこうなっている、みたいな。んで、ビジョン達成へのモチベーションになるのが価値観(理念?)。
基本的な行動は、戦略をもとに設定されるけど、状況に応じてビジョン達成やあるいは価値観に沿うように変更されることもある。それが戦略に反していたとしても、ビジョン・価値観に沿うのであればOK。戦略の是非を問うのも、やはりビジョンや価値観。で、まぁ、ビジョンの是非を問うのは、価値観。
これらの変更のインパクトは価値観、ビジョン、戦略、行動の順で大きい。個人レベルで価値観が変わることが、「気づきと学びによる新たな視点の獲得」になるんだろう。これは、その人の人生に大きな影響をもたらすのではないだろうか。
「価値観に沿わないビジョン」または「価値観とビジョンに沿わない戦略・行動」は、価値観やビジョンそのものを「嘘の存在」にしてしまう。故に、戦略はもちろん、一つ一つの行動の細部にまでビジョンや価値観を行き渡らせる必要がある。行動を伴ってこそ、その価値観やビジョンが本物になる。行動にはとてもとても強いメッセージが伴うのだ。
個人レベルにおいては、自分が心から信じられる価値観を見出す必要がある。人は自分にも嘘をついてしまうので、これがなかなかに難しい。でも、「心から信じられる価値観」に触れると、なんだかとても感情が揺れ動くような感動というかなんというかグワワッというかああ意味不明。とても大切にしたくて、何だか儚さを感じるような、それでいてとても熱く心を刺激するような、やっぱり意味不明 orz
組織レベルにおいては、そこに集う人たちの価値観が、最も重要な部分においては共有されている必要があると思われ。大きな企業であれば、ビジョナリー・カンパニーの「基本理念」が参考になりそうで、小さな企業やこれから始まる企業であれば、ビジョナリー・カンパニー2の「適切な人をバスに乗せてから、行き先を決める」あたりの部分が参考になりそう。いや、経営したことないから想像なんですけど。
いずれにせよ、価値観というのはとてもとても大きな原動力になると思うのです。なんせ、グワワッ(?)。んだから、個人においても、組織においても、それを見出せていないというのは、その力をとっても浪費しているんじゃあるまいか。
と、まぁ、そんなことを遅い昼食をとりながら考えたわけであります。見苦しい文章、失礼。