これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

共通の言葉

共通の言葉を使わなければ、コミュニケーションは成り立たない。当たり前じゃん、って言われそうだけど、例え同じ日本語を使っていても、共通の言葉を使っているかは別問題なんだと思った。日本語としての正しい意味はあれど、文脈においてその言葉が意味する物、イメージする物は使う人によってそれぞれ。だから、ある程度同じ「世界」を持った人同士でないと、上手くコミュニケーションできないんじゃないかと。まぁ、稀にコミュニケーションスキルが高くて、相手の世界の言葉を使ってくれる人もいるけれど。
で、組織でうまくコミュニケーションするためには、この各自が持っている「世界の共通部分」を増やさないとダメなわけで。そのためにも、私は価値観やビジョンを共有することが、とても大切だと思うのであります。組織の世界はビジョン・価値観駆動で構築され、そこに属している人の世界も、必然的に組織の世界と重なり合うようになるんじゃまいか。