これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

次の行動

タスクに対して「次の物理的な行動」を設定することで、タスクを前に進めやすくする、ってのがGTDの中にもあるわけですが。私がこれを人に説明するとき、↓みたいな例をあげます。

Javaをマスターする ⇒ まずJavaを勉強する ⇒ 本を読んでみよう ⇒ 今日、帰りに本屋によってJavaの本を買う

元のタスクに対して、次の具体的な行動が出てくるまで細分化しなさい、と言うわけです。上の例だと、一番右が「次の具体的な行動」になってます。こういうのがアクションリストに載ってくるのがGTDかな、みたいな理解。
んでも、最近思うのは、いちいちここまで細分化しなくても進むタスクって結構ある、と。例えば、上の例の場合、「Javaを勉強する」と決めた瞬間に、Google先生にサンプルソース見せて〜とお伺いをたてたり、Amazonでショッピングカートボタンをポチッとできる俺がいる。だから、ポイントは自分の「手に負えるサイズ」になるまでタスクを細分化することなんだろう、と。「手に負える」というのは、あんまごちゃごちゃ考えなくても行動できるレベル。
逆に、なかなか進まないっていうか止まったままのタスクもある。こういうのは、「次の具体的な行動」が出てくるまで細分化すると、進み始めることがある。目の前の目標がはっきりするというのと、大変そうに思えるタスクが簡単そうな行動に落とし込まれるからかな。
うん。なんか最後に纏めようと思ったんだけど、あんまり思いつかないので投げっぱなしで。じゃ。

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以前の自分は結構頑なだなー。次の行動にかなり拘ってる。ヽ(´ー`)ノ