これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

「〜しなければならない」を「〜したい」に

生きていれば、嫌だけどやらねばならないこと、ってのも出てくるわけですが。
例えば、Aさんから○○するように依頼されて、まぁ、やらざるを得ない状況だとして。それが嫌なことだと、ほんと辛い。やる気もでないし、憂鬱だし、うだうだしてしまう。んでも、そこで自分の考え方をちょっと弄くって、「Aさんに喜んでもらえるために○○したい」みたいに考えられれば、やる気って随分変わるんだよなぁ、と。Aさんのことが嫌いなら、仕事そのものの中に面白みを作るということも可能。すげー効率良くやってみることにチャレンジしたり、新しいことに取り組みながらやってみたり、以前と同じ時間でやたらと質を上げることに拘ってみたり、とか。
何でもいいと思うんだけど、その仕事のどっかに自分が能動的に動けるような何か(動機)を見つけることができれば、「誰かにやらされてる」から「自分の意志でやっている」に変わる。
やらされている状態って、本当に辛い。効率も悪い。多分、仕事を始める前に、自分自身で自分の動機付けをしてあげる方が、その後が楽になれるように思います。自分の場合、嫌な仕事がやってきそうになったら、うだうだ後ろ向きになっている時間があって、その間に徐々に自分に動機付けしていって仕事をするための精神状態を作っている感じだなぁ。
端っからやりたいと思えることだけ、やれればいいんですがねw まぁ、なかなかw