これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

反応的な一手と状況を作り出す一手

最近、将棋が楽しい。いや、将棋倶楽部24で低級レベルをうろちょろしてて激弱ですけどねw
さて。
激弱なりに分かったことがある。それは「相手の手に対して反応的に返す」ことのまずさ。相手がプレッシャーを掛けてきた場面・・・例えば、目の前に歩を打ち込んできたとか、そういう時。普通にそれに反応して駒を取ると、相手の敷いたレールに乗ってしまうことが多い。相手の意図通りに動いちゃってるわけですね。そうすると、その先、どこかで更に状況が悪くなったりするわけで。
そうじゃなくて、相手からのプレッシャーは怖いけど、別の場所で逆にプレッシャーを掛ける手を打ってみる。そうすると、意外と上手くいく。そのまま進まれるとやばいけど、これを放置したらそっちもヤバイよね?どうする?みたいな。こういう駆け引きが楽しいw
で、思う。
普段の仕事も同じだな、と。
何かイベントが起こって、それに反応するだけでは、目の前の状況は何とか出来ても本来の目的からずるずると外れていったりする。現在を楽にするために、未来の苦労を増やしている。かもしれない。
いま打つべきのは、現在のためではなく、未来のための一手でなくては。プレッシャーに対して反応的に動きたくなる欲求をぐっと堪えて、本来の目的に沿う手は何か考えなくては。そういうことを地道にやってこそ、自分達の望む状況というのを作り出せるのではなかろうか。
特に仕事の場合、将棋みたいなゼロサムゲームと違ってwin-winを目指すことができるので、こういうことは重要なんじゃないかな〜、と思った(仕事に寄るけど)。