これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

やってもだめかもしれない。しかし、やらなきゃ可能性はゼロ。

誰かに自分のことを理解してもらいたいとき、評価してもらいたいときって、それを自分で表現する必要がある。理解してもらいたいこと、評価していもらいたいことを自分の外に出す必要がある。表現しても、理解されないかもしれない。しかし、表現しなければ、確実に理解されない。
これと似たようなことって色々ある。やってもだめかもしれないけど、やらないと可能性はゼロ、みたいな。んで、「やってもダメかもしれない」ので行動に移さない人と、「やれば出来るかもしれない」ので行動に移す人に分かれるわけで。
両者の大きな違いは、「後者が成功するかもしれない」ということではなく、後者の人しか「経験を積むことができない」ということにあるのではないか、と思った。やった結果、成功しようとも失敗しようとも、それは大きな問題ではなくて、その過程で得た経験が貴重なのだ、と。しかも、その経験が「次回やったとき」の成功率を上げてくれる。
最初は踏み出す方向が違うだけの差だったものが、時間が経つにつれ、両者に大きな差が生まれてくるんだろうなぁ。