これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

最近の若者のコミュニケーション

世界の人とネットを通じてコミュニケーションができ、新しいコミュニケーションの道具としてその地位を築いたパソコンや携帯電話だが、同世代や同じ趣味、嗜好(しこう)の人同士のきずなは強めたが、自分が選択した人とのみしか付き合わないという側面があるのだ。パソコン、携帯がない時代に育った世代にとっては、新たな便利な道具が増えたに過ぎないが、生まれたときからそれらに触れていた世代は、少し感覚が違うのだろう。

言わんとすることは分からないでもないけど、別にいいんじゃん?なんて思ってしまいます。テクノロジーの進歩で新たなコミュニケーション手段が生まれる度に、もしかしたら似たようなことが問題提起されたのかもしれないですしね。あと、若者にも色々あるんじゃないかと思うのです。一人一人の若者に関する問題を一般化して、若者全体の問題にしていいものか疑問。これは「若者」に限らないですけど。民族や宗教、性別、etc。
思うに、コミュニケーションに問題がある場合、その後、彼ら/彼女らが社会で何か事を進めようとしたときに壁にぶつかるんじゃないかな、と。その時に、その壁を乗り越えられるかどうかは彼ら/彼女ら次第なんではないかと。ぶっちゃけ、そんだけの話なんじゃないかと。