これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

やれること、やれないこと

どうすれば満足できるか?を考えると、どんな時に不満を持つのか?に思い至る。
一番、目にする不満は「他人が自分の期待通りに動いてくれない」ことに起因していることが多い。「だれそれが○○してくれない」「だれそれが△△すべきだ」。そういうの。これは永遠に満たされることのない不満なんだよね。他人が自分の思い通りに動くわけないじゃん。
問題意識を持った時に、常にやるべきことがある。それは「自分がやれること」と「自分ではやれないこと」に分けることだ。「自分ではやれないこと」ってのは、大抵、自分以外の誰かが動いてくれないと改善されることはない。そういうことがあるのも、まぁ、事実。でも、そこに焦点を当てても仕方ないんだよね。自分の力の及ばないところに労力割いても、そりゃ無駄に終わるだけ。もっと、やれることに力点をおかなきゃ。
やれることに対して行動を起こした場合、そこで何かが動き出す。自分のアクションに対して、身の回りがちょっとだけ変化するんだよね。で、それを繰り返してみる。積み重ねてみる。ふと振り返ってみると色々変わってたりする。こういうのがモチベーションを強化させたりする。しかも、巡り巡って、当初「やれないこと」に分類したはずのことに影響を与えたりするので面白い。
あー、なんか同じ事を前に書いたきがしてきた。