これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

淡々とやるだけ、目標も持たない

昨日の情熱大陸は歌舞伎の市川亀治郎でした。
何度も言ってた台詞で「淡々とやるだけ」というのがあった。目標も「それを達成すれば大丈夫」って気持ちになっちゃうので持たない、と。どこまでも「今」にフォーカスした人だと思った。すげーなー、とも。多分だけど、やること/やりたいことがハッキリと見えてるんだろうなぁ。あとはそれをどこまでも高めていくだけ、って感じなんだろうか。
私にはできないんですよね、これ。目標を持たなければ、きっと私は何事も成し得ないで人生を終えることになると思う。羽生さんの10カ年計画の話で、はてブに「可能性を縛る」というコメントがあったけど、私にとっては逆なんですよね。「こうしたい」という未来を描かなければ、動けない。何をやっていいかわからない。正確に言えば、「今、何にフォーカスすればいいか分からない」だ。
目標を描くことで私の可能性が広がるような気がする。気がするだけかもしれないけど、そんでも動ける。動けば何かが始まる。だから、私には目標が必要なのだ。私は凡人だから、そんな私が少しでも成果を出すためには、こういったところに力を注がざるを得ない、とも言えるかもしれない。