これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

創造性以外のものは簡単に手に入る、か

羽生は最後におそろしいことを言っている。

創造性以外のものは簡単に手に入る時代だとも言えるでしょう。

なるほど、と思った。
というのは、ちょうど今読んでいる本から得た印象が、それと似たようなものだったからだろうか。「その数学が戦略を決める」という本なのだが、この本の趣旨は膨大なデータを分析することで、専門家より精度の高い判断ができるようになっている、というものだ(それだけではないのだけど)。
ワインの品質予測も、医療判断も、膨大なデータと分析対象の数値を組み合わせることで、精度の高い結果を得ることができるらしい。まさに、「創造性以外」のものは簡単に手に入る時代になりつつあるし、一部では実際にそうなっているな、と。
膨大なデータを使って専門家に近い判断を素人が出来るようになる時代であり、創造性をもって新しい事例を生み出すことがより価値を持つ時代、か。


追記
「膨大なデータを如何に効率的かつ効果的に扱える」スキルを持つことで、ようやくスタートラインに並べるってことか(高速道路で走れる)。でも、それだけでは「その他大勢」でしかなくって、そっから抜け出すために「如何に創造的な成果を生み出せるか」が要求されるのだろうけど、一方で、それはどこかで「高速道路」を降りて全く違う道を辿ることで実現するのではないか、という気もした。
高速道路に乗るべき時と、高速道路から降りて独自の道を探すべき時、ってのがあるんかな〜。