これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

思想と姿勢は相互補完にあるのではなかろうか

ガンダム00、キャラが立ちすぎて面白いです。通常、人はもっと曖昧なものだと思いますが、曖昧さをそぎ落として、ある意味シンプルにした結果、ああいうキャラになっているのかな〜、と。
まぁ、それはさておき。

そこで、グラハム・エーカー(from「機動戦士ガンダム00」)。彼は、軍人だからでしょうか、思想ではなくattitudeで動いているように見えます。そこがカッコいいと思ったわけです。

一方、ガンダムマイスター達は、思想で動いているように思える。

思想と姿勢の話、非常に興味深いです。

しそう ―さう 0 【思想】
(1)人がもつ、生きる世界や生き方についての、まとまりのある見解。多く、社会的・政治的な性格をもつものをいう。
(2)〔哲〕〔thought〕単なる直観の内容に論理的な反省を施して得られた、まとまった体系的な思考内容。
(3)考えること。考えつくこと
gooの辞書より

しせい 0 【姿勢】
(1)体の構え。
「防御の―をとる」「―が良い」
(2)物事に対する構え。態度。


たいど 1 【態度】
(1)ある物事に対した時の、人のようす。動作・表情などの外面に表れたふるまい。
「真剣な―に心うたれる」
....


私が思うのは、どちらも「価値観」の表現方法なのだろう、ということです。思想家は、自身の価値観の表現を「考えること」から始めているのでしょう。姿勢家(そんな言葉はないけど・・・)は、自然とそれが「行動」に現れるのでしょう。
私自身のことを考えてみれば、明らかに思想で動いている。ほぼ確実に「考えること」から始まっている。というか、考えなければ行動できない。
これは確かに、どちらが良い悪いの話ではないですね。ただ、一方で、世の中のほぼ全てのことがそうであるように、メリット・デメリットというものはあるのではないかと思うのです。そしてそれを意識することは、決して悪いことではない。
思想で動く人のデメリットは明らかで、「なかなか行動しない/できない」です。これは、こと「成果をあげる」という面において、大きな欠点なわけです。だから、行動するということについて、より意識せざるを得ない。そしてそれを意識したときに、姿勢中心で生きる人たちが参考になることに気づくのです。価値観の沿っているか否かを直感的に理解し、それを行動として表明する。悩みすぎて動けなくなった時に、そういう人たちの「真似」をするかのように、強引に自分を動かす。そんな感じな気がします。
ちなみに思想で動く人のメリットは、大きな目的を意識できることじゃないかと思います。


ええと、どう収集をつけていいか分からなくなってきたので強引に纏めるとw、思想と姿勢というのは相互補完の関係にあるのではないかと。どちらを中心に据えるにしろ、時々は他方の真似事をしてみるのがいいんだろうなぁ、と思うのです。
#どちらか一方のみで世に名を残す人を「天才」と呼ぶのではなかろうか、などとも思ったり。おそらく姿勢で生きる人であろう市川亀治朗を、どうしても思い出してしまう。