これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

そこに「場」があるということの可能性

昔、UltimaOnlineというオンラインゲームに嵌っていた時期がある。その頃はゲーム上のコミュニティの運営に関わってて、その時に作ったサイトが今でも細々と続いている。続いているとはいっても、ここ数年は閑古鳥の勤勉さに頭の下がる状況だけども。んでも、「続いている」ってのは結構色んな可能性があって面白いなぁ、と思う。
というのも、その細々と続いている「場」を通じて、最近、懐かしい名前を何名か見ることができたからだ(このブログに時々コメントをくれるOlsted氏もその一人だ)。昔、一緒に遊んだ人の言葉を読んで、「ああ、元気にやってんだな〜」と思えるのは、とても嬉しい。こういうとき、「もう誰も来ないし、サイト消しちゃうか」ってしないで、本当に良かったと思う。
ああ、あとこのブログを見つけてmixi経由でアクセスしてきた人もいるw
なんか楽しいね。未来というのは予測不可能だ。だが、それがいい。「場」があるってことが、今このときにさほど意味がなくても、未来に色んな可能性をもたらす。そう思った。