これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

思考や試行の結果をアウトプットすると付加価値が生まれる

今日は部署のみんなが作成してくれたレポートを読んでいた。そんで強く思ったことがあって、それは例の「高速道路」の話。
どのレポートも「知識」については上手く纏めて書いてある。だから、例えば本なんかのサマリーとしての価値はある。
んでもな〜。ちょっと物足りない。
ブログを積極的に読んでいる人たちには言うまでもないが、今は「知識」は簡単に手に入る時代だ。地方であってもAmazonでほとんどの本を買うことができるし、ましてやWebには膨大で新鮮で、そしてちょっと胡散臭い情報が山のようにある。いとも簡単に入手することができるわけだ。
そうすると、そこにある知識や情報がサマリされただけというものは、相対的に以前より価値が落ちているのだと思う。そこに何かしらを加えないと、読み手に価値をもたらすのが難しい。
これが入手が比較的に困難な情報*1であれば、それだけでも価値はあるのだが・・・。
では何を加えるかといえば、それは本やWebからでは入手できないもの、即ち自分オリジナルの情報だ。何かを考えた結果や試行錯誤しながら手を動かした結果、あるいは情報を別の切り口から表現したもの等。
それらは、何らかの新しい価値を生み出す可能性がある。未熟でも良いから、少しだけでもいいから、そういう独自のものをアウトプットすることが、付加価値の創造に繋がるのではなかろうか。

*1:英語圏の情報であったり、現場に居合わせる必要があるイベントのレポートだったり