これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

「飲み」はあくまでサポート的なものだろう

「飲みニケーション」が見直されている。「もっと部下と飲みに行け」と飲み代を支給する会社も出てきた。「若いヤツらは付き合いが悪い」なんて嘆く必要はない。アナタは上司だ。断る若手がどうかしている。もうすぐ新入社員も来る。どんどん誘ってコミュニケーションを図るべし!

普段、ある程度コミュニケーションが良好なら、飲みに行っても楽しいと思うし、親交も深まる。
が、普段のコミュニケーションがダメなのに、それを飲みでどうにかしようってのは、違うな。主従が逆転していると思われ。もしかしたら、一瞬の盛り上がりはあるかもしれないけど、それで終わっちゃうんじゃん?