これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

7手詰めまでパターン化。これも効率化だね。

将棋の羽生善治二冠は、7手詰めくらいまではパターンとして頭の中に入っているとか、いないとか。この形が出来れば、あと7手で詰みだなって瞬時に分かるらしい。つまり、その7手は読みを省略できるわけだ。


これは凄い効率化なわけで。
例えば、私のような素人は、必死に詰みの状態や1手詰めの状態を探すわけでして。あと7手で詰むなー、と思うことはあるけど、それは「読んだ」結果としてわかるわけです。
7手詰めが瞬時にわかるというのは、なんというか、そもそも探し出す対象が違うんだよなー。事実上のゴールがぐっと手前にある感じ。相手があれこれと考えている間にも、羽生二冠は終局に繋がる形を見つけようとしているかもしれない。あるいは自陣が本当にヤバいのか、という判断もすぐにできるわけで、その省略した時間を使って反撃の手を考えることもできる、と。


最終工程をすさまじく効率化することで、それを将棋の強さにつなげている。まさに、武器を強化するための効率化だ。
これを自分の仕事に置き換えてみると、つまりある状態に到達したら、瞬間的にソフトウェアを構築してしまうことなわけでして。そうすると、ソフトウェア開発における効率化ってのは、その「ある状態」をどんだけ手前に持ってくることができるか、という話なんだろうな。あるいは、「ある状態」にどれだけ効率良く辿りつくかを考えることだろう。


一方、こういった効率化を実現するには、とても地道な努力の積み重ねが要求されるのだろうなぁ、と思う次第。