これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

効率化は最終工程から

効率化というのは、最終工程から前の工程へ向けて取り組んだ方が良い、と思った。


前工程は後工程のためにある。つまり前工程の成果物は、後工程で使われるためにある。
であれば、後工程が変化したとき、そこで欲しい前工程からの成果物もまた変化する。後工程の効率化の仕方によっては、それまであった「前工程そのもの」が不要になるかもしれない。
そう考えれば、現状を改善し、効率化を図るとしたら、最終工程から前に向かって最適化していくのが自然なように思う。
例えば、ソフトウェア開発。ソフトウェアの実装という工程をどうするかによって、その手前にある設計という工程の成果物も変わることになる。
これこれこういうフレームワークを使うから、プログラムのつくりはこうなるよなぁ。なら、設計で決めなきゃいけないのは、こういう項目だとよなぁ。って感じ。


一方、今これだけのものが用意できるから、その中で効率の良い手順で作業をする、ということもあるだろう。が、しかし、これは効率化を目指した改善というよりは、あくまでも現状という制約の下、いかに段取りよく作業を進められるかというものだろう。
まぁ、プロセスも何もない状態から始めるなら、そこからスタートせざるを得ないかもしれない。でも、そっから先を良くしていくなら、やはり最終工程から見直していくのが良いと思う。


効率化というのは、現状から一歩進んだ状態への遷移だと思う。そして、その「一歩進んだ状態」を引き出すためにゴール駆動で考えるのだ、と。