これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

昭和的価値観と平成的価値観の狭間で

3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代 (ちくま新書)によると、昭和的価値観と平成的価値観というものがあるらしい。
私は1975年生まれで、修士課程に進んだ&諸々の事情で、就職したのが同級生より3年遅い。当時は就職氷河期というやつで、あまり順調な就職活動が出来たとはいえなかった。
そして、この氷河期を境に価値観の変遷が起こったというのが、冒頭で紹介した本の主張だったような気がする。


で、ふと思ったのは、ちょうど我々は価値観が変わろうとしている狭間の世代なのだろうか、と。というのも、昭和的価値観と平成的価値観の両方が分かるように思えるからだ。
互いが互いを見る感情が、何となく分かる。ような気がする。
昭和的価値観にどっぷり浸かっている人からみると、平成的価値観の中で生きる世代は、実に甘っちょろく見えるのではないだろうか。「いいから上がやれと言ったらやれ。何をうだうだと言ってるんだ」な感じ?権利を主張してくる下の世代に対して、義務も果たさずに何を言ってるんだ的な気持ちだろうか。
逆から見ると、当然の権利や自分なりの価値観を、画一的な昭和的価値観の下で否定してくる上の世代に対して、憤りとやるせなさを感じるのではないだろうか。そんな画一的な価値観の下で生きることに、馬鹿馬鹿しさを感じているかもしれない。
どちらの気持ちが分かるし、またどちらの感情も持つことがある。


もしかしたら、私がこんな風に思うのは世代のせいではないかもしれない。いつの時代も新旧世代間で繰り返されてきたものかもしれないし、単に中間管理職として色んな世代の人間と接する機会が増えたからかもしれない。
一つだけ確かに言えるのは、両方をある程度理解した上で、私自身が昭和的価値観の下で生きるのは嫌だ、ということだろうか。
私は私が大切だと思えるものを大切にして生きたい。