これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

原則や価値観という大きなぶれない軸

「人は未来のことはわからないんだから、できる限りの予想をして未来に備えよう」ってのと真逆な考えで、「人は未来のことはわからないんだから、予想するのはやめちゃって、今必要最小限のことだけをしよう」ってことです。

そして、「現実にあわせて素早く舵を切る」のです。

こういう話を読むたびに思うのです。軽やかで素敵な生き方だ、と。でも、一方で疑問もあるのです。「舵を切る」とは一体、どこへ向かって舵を切るんだろう、と。


一つの軸にこだわり過ぎるのは、確かに危険だと思う。でも、現実の問題に対処しようとするとき、何らかのゴール(問題が解決した状態)を意識するような気がする。
それって一体、どういうことなんだろう。
新しい軸が生まれただけ?それとも、もっと大きな視点の軸が実はあって、それに合わせただけ?
で、私は後者だと思うのです。


XPだって「原則」というぶれない大きな軸があって、そこからは外れないように現実に対処しているはず。現実に対処するように舵を切ると言っても、

  • ただ現実の問題に反応的になっている人

  • 一本の芯の通った大きな軸を持っていて、それに沿うように変化を許容する人

では大きな違いがあるわけで。上手く変化に対応できる人というのは、意識的にせよ無意識的にせよ、後者なのではないだろうか。