これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

映画館で泣いた(西の魔女が死んだ)

初めての経験なのだけど、昨日、映画館で泣いた。(自宅で観てて泣いたことは何度かある)
昨日は「西の魔女が死んだ」→「ナルニア国物語」と映画のはしご。疲れた。
で、泣いたのは「西の魔女が死んだ」。奥様も泣いてたけど、多分、感動したポイントが違うんだろうな。多分、この映画の泣き方には2種類あって、「女の子」と「おばあさん」のどっちに感情移入するか、だ。私は後者だった。
まぁ、何で泣いたとか書いちゃうとネタバレになるので、かけないのだけど。せめて、この映画から学んだことを書いておこうと思う。

  • 人は自分の見たいものを見る
    • 人は自分の解釈が正しいことを証明するかのように、事実を都合の良いように歪めてしまう
    • 特に憎しみや怒り、恐怖、不安に支配されると、その傾向が強まる
    • 事実と解釈は違う、ということを改めて思った
  • 人は過ちを犯すが故に完璧でなく、完璧でないが故に成長する
    • 人は経験を積むことで成長する
    • しかし、成長した人生の達人であっても過ちを犯す
    • そして、過ちを犯すという経験が、人を成長させる
    • 人はいつまでも過ちを犯すからこそ、いつまでも成長できる
  • 人の本質は「成長すること」
    • 身体は精神に「経験」をもたらすために存在する
    • 精神は「成長すること」がその本質
    • 身体は精神のためにあるとすれば、即ち人の本質は「経験し成長する」ことにこそある