これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

役割に人を割り当てる

人に役割を割り当てるのではなく、役割に人を割り当てるという思考が必要なようだ。


いまいる人がこれだけだから、それぞれがこなす役割を考えるという方針だと「隙間」ができる。組織として動くにあたって、具体的内容に違いはあっても、必要な役割はこれこれだ、というものがあるだろう。それら役割の仕事をこなさなければ、組織が正常にまわらない。
が、人がこれだけいるから〜という思考では、そもそも必要な役割を挙げつくすということにならない。結果、なくてはならない役割が漏れてしまい、組織に穴ができてしまう。
穴ができてしまえば、そこに関連した業務が発生したとき、誰がその責任を持つのか・実務をこなすのか明確にならず、混乱する。誰だって必要以上に業務を抱え込みたくない。最悪、譲り合いが発生したりし、やらなければならないことが宙に浮いたまま時間だけが過ぎていくことになる。
そうして組織は力を失い、それをカバーするために余計な業務が更に発生する。状況はより厳しくなってしまう。


その組織を正常に動かすために必要な役割は、全てこなさなければならない。
だから、どんな役割が必要なのか、全て洗い出すことから始まるのだろう。そして、役割に対して人を割り当てる。場合によっては過負荷になってしまうかもしれないが、組織に必要な役割である以上、いずれにせよやらなければならないのである。であれば、責任者不在のままで悪化を放置するよりは、遥かに良い。
また、役割に対して人が足りないのであれば、こういうスキルを持った人を採用する、あるいは派遣してもらう、アウトソーシングする等の対応も取りやすい。


ちょっとした順序の違いが、大きな差を生むものだと思った。やはり、物事には順序があるのだ。