これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

はてなID以外のOpenIDを使う気になれない

OpenIDは便利だ。
私がOpenIDの便利さに気づいたのは、カケラの樹に出会った時だ。その時、以下のようなエントリーを書いた。

ユーザー登録めんどいな〜などと思いつつ、どうやって使い始めればいいのか探していたら、なにやら"はてなID"があれば使い始められるとのこと。

あー、これがOpenIDなのか!と。

ネット上の記事で読んだことがあるだけで、実際の利用シーンに出くわしたのは初めてだった。しかし、これはとても便利。ツールを使い始めるまでのステップが1つ少ないだけなのだけど、それが実に心地よかった。

OpenIDいいよ、OpenID

このワンステップ少ないことが、凄く快適に感じたわけです。一方で、OpenIDであるが故のデメリットも存在する。

OpenIDをもっていればユーザー登録不要で使い始めることができる。これは確実にメリットなのですが、それと表裏一体で、OpenIDプロバイダにユーザー登録しておかなければならない、という制約も存在します。

そう、どこかのOpenIDプロバイダに登録しておかなければならないのだ。


では、一体どこのOpenIDプロバイダのIDを使うのか/登録するのか、という話。
私の場合は、まず間違いなく「はてなID」を使う。というか、OpenIDがOKってなってて、でも「はてなID」をサポートしてないからねってなったら、OpenIDを使う気があまり起きない。
なぜだろう、と考えてみると、「IDに対する愛着」なのではないかと。中の人が見ていたら申し訳ないのだが、Yahoo IDやLivedoor IDを色んなところで使いたいとは思えないのだ。
でも、「はてなID」は違う。id:h-yanoという表現が非常に心地よいのだ。このだだっ広いネットの世界において、h-yanoという個人の存在を表明しているように感じるのだ。
うん、まぁ、偏った感覚だというのは自覚しているのだけど。


OpenIDは、1つのIDで色んなWebサイトの認証をしましょうってコンセプトだと思う。
それはつまり、Web上で「自分を識別するためのIDはこれだ」って決めることでもあるだろう。でも、それに耐えうる魅力をもったIDは、一体、どれほど存在するだろうか。
例えば、Yahooを頻繁に使っている人は、自分のYahoo IDに魅力を感じるのだろうか。


OpenIDが普及するかどうかは、テクノロジー的にどうだとか、認知度的にどうだとかよりも、こういう「IDを持つこと自体に魅力があるID」がどれだけあるかにかかっているのではないだろうか。
Webで「私」を表現するに耐えうるIDが必要なんだと思った。そして、私にとってそれが可能なのは、今のところ「はてなID」のみである。次点でGoogleだけど、こちらはOpenIDへのサポートがいまいちな感じがする。