これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

勝手な理想像と実際と

人は相手に対して勝手な思い込みでその人の理想像を作り上げることがある。
特にあこがれの人、目上の人に対してはその傾向が強くなるように思う。そして何が起こるか。理想とは違う実際のその人の姿をみて、また勝手に失望するのである。
○○だと思ってたのに、今回の件には失望しました!みたいな。
人間関係のトラブルだって、こういうところからスタートすることが多いんじゃないだろうか。

「僕は全く誰にも期待しない。だから幸せなのさ。」
アルベルト・アインシュタイン

アインシュタインがどういう意図でこの言葉を使ったのかは分からない。一見すると、なんとも寂しいようにも思える。
しかし、これを「私の勝手な思い込みで相手の理想像をつくり、その通りの人物であることを期待しない」という風に読み取るとすれば、なるほどこれはその通りだ、と思えるのである。まぁ、私の”勝手な”解釈なのだけどw


私は人間関係においてまずあるべきは、「それをそのまま認める」ということだと思う。
その人が目の前でとった行動、口にした言葉。それを、ただそのまま受け入れることができれば、随分と人間関係は楽になるのではなかろうか。
また、人に期待するのは、それはそれでOKだ。けれども、相手がその期待に応える義務はない、ということも頭の反対側にいれておかなければならないだろう。
ああ、そうだ。似たようなエントリーを良く読むぞ、と思ったらid:akizukidさんの

してくれてありがとう(プラス)、してくれなくて当たり前(ゼロ)

じゃないか。しかも、アインシュタインの言葉を引用しているのまで同じだしなんてこったい/(^o^)\
独自の見解も多少は入っていると思うので勘弁してくださいw