これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

脳はまだまだやれる

大体、20歳を超えたくらいにターニングポイントがあるかな。
この時期に楽をすることを覚えると、アタマが成長を止めてしまうのかもしれない。

まだ32歳なのでこれから先のことは分からないけども、少なくともこれまでにおいては、成長を止めてしまったとは感じない。
むしろ「頭でやれること*1」は年齢を重ねるごとに増えていっているように思う。何より学習が早くなったような気がする。
例えば、新しいプログラム言語を今から覚えるとして、20歳の頃よりも今の方が多分早い。それが何故かといえば、それを理解するためのベースになる知識が、20歳の頃の私よりも圧倒的に多いからだろう。


脳の重要な機能として、「抽象化」というものがあるらしい。これは「りんご、みかん、ばなな」と聞いて「ああ、果物ね」と連想する能力。脳が健康であれば、この能力は誰にでも備わっている、と。(脳と気持ちの整理術―意欲・実行・解決力を高める (生活人新書 250)
より)
「りんご、みかん、ばなな → 果物」という抽象化が出来ていれば、新しい果物を目の前にしたときに、前提をもってその果物を理解しようとする。甘味があるんだろうなぁ、とか。それが新しい物事への理解を助けるのではなかろうか。
であるならば、同じ個体であれば年齢を重ねている方が知識は増えているだろうから、抽象化して理解することができるものも増えるはずだ。
また、創造力に関しても、この抽象化能力は大きな役割を果たす。よく言われることだが、新しいアイデアというのは、既存のアイデアの新しい組み合わせだからだ。既存のアイデアを多く知っているほど、新しい組み合わせを生み出しやすくなる。
だから、こと脳に関しては「大人になるとできるようになったこと」の方が多い。私自身の実感としても、そう思う。


ところで、年を重ねてから脳にマイナスだと思えるものも増えてきた。
それはストレスと疲労だ。
これは学生時代や新人時代と比べて、質・量共に増えている。会社で出世すれば、多少収入は増えるが、ストレスと疲労はもっと増える。中間管理職なんてものになってしまったならば、

そもそも構造的に難しい位置にいるのが課長だ。下からは経営層に対する不満(通常は「会社が?」という言葉をとると思う)が日々上がって来る。その不満は、かつて自分も思っていた、あるは現在進行形で思っているようなことも含まれているだろう。一方、経営層からは厳しい数値目標だの、あるいは現場の持つ空気とはずれた方針(別にそれが悪いわけではない)などが提示され、どう実行すればいいのか頭を抱える。

要は会社のいろんなモノがConflictするポイントだと思うのだ。課長というのは。

といった具合に難題を抱えることになる。一方で、休息の時間は学生時代よりも確実に減る。日本の会社で1ヶ月以上の長期休暇をとれるところは、ほとんどないだろう。


こういった背景を考えると、アタマが成長を止めてしまったと感じるのは、ストレスと疲労を上手くマネジメントできていないのが原因ではないかと思う*2。もともとあるはずの、蓄積した知識を有効活用するための脳の機能が、低下してしまっているのだろう。また、あまりストレスを感じてないけどアタマが働いてないと感じるのであれば、逆にストレスが無さ過ぎるのだと思う。いずれにせよ、ストレスと疲労のマネジメントが欠如している。
そうすると、このBlogで何度も書いているが、エネルギー管理や休暇力といった言葉が浮かんできてしまう。

どれだけ良いエネルギー状態を保てるか、それがそのまま生活の質の高さに影響する。充実した質の高い時間を過ごすためには、適切にエネルギーが管理されていなくてはならない。

自分にあった生活のペースをつくり、高いパフォーマンスを維持するための「休み」


適切にマネジメントしてあげれば、アタマはまだまだ(ますます?)やれるはずなのだ。
#ちなみに瞬間的な集中力や連続してやり続ける脳の体力は、20歳前後の頃の方があったように感じる。これもストレスと疲労の影響なのかは定かではない。試しに1ヶ月くらい休んでみたいなぁ。

*1:肉体は無理

*2:健康上の問題があれば別だけど