これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

言葉を発した側と受け取った側のズレ

3位の「なおす」は「修理する」という意味で共通語にある言葉だけに、西日本出身者を悩ます。「『収納する』の意味だったのに『修理する』ととられた」(大阪府、38歳女性)。

私は宮崎出身なので、「なおす」は使ってしまうことがある。
使わないように意識するというのも、実はかなり難しい。
宮崎の方言で特徴のある言い方*1であれば「ああ、いま方言で喋ってる」と思えるのだけど、「なおす」という言葉は普通に標準語にも存在する(直すの意味で)。意味はともかくとして、表現としては普通なのだ。喋ってて全然違和感が持てないのだ。だから、つい、使ってしまう。
というわけで、私とリアルで仕事をする可能性がある人は、「なおす」という単語が出てきたら気をつけてください(ぇ


さておき、こういったコミュニケーションのズレは、共通の語彙を使っていても発生する。
発信した側は「A」だと伝えたいのだが、受信した側は「B」と受け取る。普通にコミュニケーションしているだけであれば、このズレはほぼ確実に発生する。
このズレが発生するポイントは、2つある。

  1. 発信する人が「考え」を「言葉」にしたとき
  2. 受信する人が「言葉」を「解釈」したとき

なぜずれるのか

まずそもそも、頭で考えていることを正確に言葉にできない。表現能力による精度の差はあっても、全く同じにはならない。脳内と言葉では、「情報をその場にとどめるための手段」が違うから。物理的に無理なものだと思っている。
だから、考えていることが「A」だとして、それを言葉にした瞬間に「A’」になっているのだ。
このズレは、受信側が言葉を解釈して脳の中に収めたときにも発生する。「A’」が「B」になる。
これはコミュニケーションの前提だと思う。「言った」イコール「伝わった」と思っていると、この認識のズレが、後でより面倒な事態と共に表面化することになる。

ズレを少なくするには

ありきたりだが、受信側が発信し直して再確認するのがいい。
「B」と受信した人が言葉を発することで、それが「B’」になる。それを受け取った元々の発信者は脳内で「B’’」になるとしても、そこで「A」と「B’’」の差を確認できる。
それが近いものだと分かればズレは小さいと判断できるし、違うのであれば改めて別の表現で伝えればいい。
地道だが、これがまずは基本だと思う。
あとは言葉だけじゃなくてビジュアルに頼ってみるといった手段もある。


いずれにしても、普通に言葉を交わしているだけでは、確実にそこにはズレが存在する。発信側であろうと、受信側であろうと、その前提に立って色々と工夫する方が、コミュニケーション上の問題は少なくなるだろう。

*1:どげんかせんといかん、とか