これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

大学院の思い出(最初の挫折)

まさか自分がこうなろうとは。

今から大学院へ行こうか、また大学や大学院を中退しようか考えている方のために書きたいと思います。

大学院を通常の2年ではなく、3年かけて修了した私が通りますよ、と。


まぁ、私にとっての大学院は、挫折の場であった。何も出来ないことを、現実として突きつけられた場といってもいい。
その時まで、何となくではあるが、最後にはどうにかなるんじゃね?的な考えでいた。「俺はやれば出来る子」みたいな。痛い。
そんな感じなので、普段はこれといった努力もせず、いや、正確に言えば努力している風を装って、優秀そうな風を装って、過ごしていた。学内の勉強会に出席してみたりとか。だが、実際、何を行動に移していたのだろうか以下略。


そんなツケがまわってきたのは、大学院2年目の夏から秋にかけてであった。研究室の教授が別の大学に異動したのである。え、あれ、俺の研究は?と思ったのは言うまでもなく。一応、後任の教授に言っておく的な話があって、当時の自分はそれで安心していた*1
しかし、代わりにやってきた教授が研究室に持ち込んだ空気は、それまでとは明らかに異質なものだった。そこに所属していた大学院生は、漏れなくけちょんけちょん。含む私。「ちょw空気読めよww」と言いたくなる気分。
結果、私のやっていた研究(ただし実体と実績のない)は否定され、その教授の下で追加で1年研究を続けることになったのであった。決まっていた修了後の進路も、当然消えた。


その教授の下で研究したのは、僅か1年ちょっとだけど、そこで得たものは大きかった。英語での論文発表をさせられたりとか、なんちゃってオブジェクト指向で書いたプログラムをこき下ろされたりなど、「なぁなぁ」では許してもらえないことが多かった。
特にプログラムをけなされたのは悔しかった。ので、ネトゲの知り合いにプログラムを見てもらったり、サンプルコードを書いてもらったりしたなぁ。美しい例を見るというのは、間違いなくプログラミングに対する意識を上げるね。この経験でプログラミングが好きになったんだよな。
ああ、話が逸れた。


しかし、このとき、自分に起こったことは何だったんだろうか。
多分、故ランディ・パウシュ教授のいうところの、適切なフィードバックがもらえたのだと思う。何となく上手くいくと思って自分を誤魔化してたけど、ああ、こういうことも起こるんだな、と。そう、実感したんだと思う。
どこかで覚悟ができたというか。小さなものだけど。
ちゃんとやらなければ、ちゃんとした結果はでないのだ。


高校生あたりから大学院での2年目まで、自分にとっては「失われた10年」だった。あの時にもっと、と今では思う。だけど、失われた10年が20年にならずに済んだのは、この出来事があったからだ。
留年なんて、いかにも失敗のように思える出来事だけども、失敗かどうかなんて、それが起こった瞬間には決まってないのだよね。


「それで、どうするの?」に対して、どう応えていくか、どう行動していくかが重要なのだと言いたい。

*1:いま考えるとあり得ない。いま上司が変わると言われたら、それなりに色々と準備するw