これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

試験を通してノウハウを伝え、人を育てる

今日は整体の日でした。そこで出てきた話題。
その整体院には、最近、元いたところの整体院から新人が研修に来ているらしい。そんで色々大変そうな話を伺った。教育で苦労するのは、どの業界でも一緒だな〜などと思ったり。
まぁ、それはさておき。面白いなと思ったのが、今度やろうとしている新人向けの試験について。以下の2点を考えて試験の内容を決めたそうな。

  • 今の技量では分からない内容なので、誰かに聞かなければならない
  • 聞いただけでは覚えられないので、自分で練習しなくてはならない

試験の準備をすることがそのまま、何かを身につけるために必要なプロセスでもあるという感じ。これって、通常の試験勉強といった類の物とは随分違う。

  • 質問する
  • 反復練習する

これが確実に入るというのは、何とも素晴らしい。
良くある社内の昇格試験だとか、資格試験だとかって、試験対策をすれば何とかなってしまうことが多い。そこに投下した時間は、まさに試験のためだけのものであって、その後に生きる何かにはならない。でも、これは違う。


実技があるから、というのが大きいのかもしれない。
が、知識を問う試験であればともかく、企業内で実施する試験で測りたいのは、「ある業務を全うできる力があるか」だろうから、実は実技でチェックするしかないのだと思う。流石にマネジメント系のスキルを実技でチェックするのは難しそうだけど、もっと技術的なスキルだったら可能そうだ。
ソフトウェア開発であれば、実際にプログラムを書かせてみせればいい。設計書を書かせてみせればいい。要件定義書を書かせてみればいい。適切なお題を設定するのは大変だけど、不可能ではないように思う。1週間くらい試験期間をとってもいいんじゃなかろうか。
そんな試験に合格するには、多分、練習するなり実務をこなすなりして「身につける」必要がある。であるが故に、実はこの試験は「力があるかチェックする」ということよりも、試験をトリガーにして、企業内に蓄積してきた「ノウハウを伝承する」という機能を持つことになるのではないだろうか。


そうすると、試験問題を作るというプロセスが、そのままナレッジマネジメントになりそうな予感。
今ある現場のやり方って、教科書に載っているような一般的でキレイなものではなくて、それぞれが工夫して作り上げた泥臭いものだと思う。でも、多分、それが競争力の源泉。
そこをどこに集め、どう伝え、どう育てていくのか。
OJTというのは、欠かすことのできない教育プロセスであることは間違いないのだけど、一定規模を越えた企業のノウハウを集約し、育てていくためには、ちょっと足りない部分がある。そこに上手く嵌ってくれる可能性があるんじゃないだろうか。