これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

目的と目標

よく言われることだけど、目的と目標は違う。それを自分なりの言葉で明確にしておきたいと思い、いま書いている。


まず目的というのは、実現したい欲求を比較的曖昧な表現で表したものだ。例えば、

  • ブロガーとして有名になりたい
  • 金持ちになりたい
  • この世から貧困をなくしたい
  • 家族と幸せに暮らしたい

といった感じ。まぁ、大抵は自分の描く幸せのイメージと一致するんじゃないかと思うので、「幸せになりたい」という目的が更に上位に存在するのだろう。


では目標はどうかというと、これは行動のターゲットとして表現できている必要がある。より具体的な表現が求められる。
以下の2つを満たしているのが望ましいと考える。

  • 達成しているかどうかが客観的に判断できること
  • いつまでにやるのかが決まっていること

行動のターゲットであるためには、目標から逆算して、今から取り組むことが決められなければならない。だから、達成状態と現在の差が明確にならなければ、どのくらいの成果を出さなければならないのかが見えないのだ。また、出すべき成果が分かっても、期限がなければ、どのくらいのペースで取り組まなければならないかが分からない。
なので例えば、

  • 英語をマスターしたい

は目標としては曖昧で、

  • 1年以内にTOEICで700点を取る

といった表現でなければならないだろう。


さて。目的は目標の上位にくる。目標に対して「何故それに取り組むの?」という問いかけをしたときに、目的はその答えになっているはずだ。
また、目的は別の目的を更に上位にもつ階層構造になっているし、それは目標も同じだ。

  • 目的: 将来、海外向けのビジネスを展開したい
  • 目的: だから、英語をマスターしたい
  • 目標: 3年以内にTOEICで900点を取る
  • 目標: 1年以内にTOEICで700点を取る


ところで、「目的とは人生のプロセスをより良くするための手段だ」という言葉をどこかで見かけて、なるほどなぁ、と思ったことがある。確かに、その通り。目的や目標というのは、少しでも人生を良くするためのツールに過ぎない。だから、必ずしも持つ必要はないのだろう。
例えば、歌舞伎の市川亀治郎は、以前、テレビ番組において

目標?ないですねぇ。淡々とやりますよ。

といった感じのことを言っていた。彼にとっては、歌舞伎に取り組み、その中で何かを実現していくのが、空気のように当たり前なのだと思う。彼にとって、目的や目標といったツールは必要ないのだろう。
しかし、多くの人は、彼のように振る舞えるわけではないので、目的や目標を設定し、少しでも良い人生を歩みたいと願うのではないだろうか。まぁ、私もその一人なのだけど。