これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

売上目標は社員の動機にならない

多くの会社では、売上目標を設定し、その達成に向けて日々行動をしているのだと思う。しかし、身近な例を見る限りでは、売上目標は人を動かす動機にならないように思う。

売上目標を達成することが社員の利に繋がらない

まず、売上目標とは主にトップダウンで決められる会社(経営者)にとってのwinである。通常は、会社の利益が確保されたなら、社員へと分配される。ここで重要なのは、分配された金額への納得感だが、なかなか上手くいかないようである。
社員からすると、課せられた目標に対する報酬が少ないと感じることが多いようだ。まぁ、間接部門や様々な経費のことを考えれば、必ずしも不当な報酬ではないようだが。
とはいえ、これについては評価プロセスを改善していくことで納得感を生み出していくことは可能だろう。

売上目標を達成するためにコントロールできる要因が少ない

報酬よりもこちらの方が難しい問題だ。
一般社員にとっての話になるが、日々の業務において、売上に直接的に貢献出来ることが少ないのだ*1。もちろん、中長期的にみれば、日々の業務活動がお客様との信頼形成へと繋がるので、全く関係ないわけではない。しかし、今期の売上というスコープでみると、実質、やれることはほとんどない。
失敗を重ねることで、マイナス方面への影響は与えられるだろうけど。まぁ、普通に業務をこなすのと、努力して質の高めて業務をこなすのでは、少なくとも今期の売上は変わらないだろう。
一般社員にとっては、努力した必然の結果として売上目標が達成されるのではなく、何だか分からないところで決まってしまう偶然の産物のようなものだ。
自分の行動が結果に影響を与えないのでは、売上目標なんてただのお題目。遠い世界の話になるだろう。

売上では夢を語れない

売上というのは、会社であれば絶対に必要なものだろう。しかし、それ故に動機とはならないのではないか。売上を動機とするなら、その会社・職業である必然がない。なぜその仕事をするのかという問いに対して、金銭的な答えをあげるのは、多くの場合で消極的な理由ではないだろうか。
また、売上目標は無機質なプレッシャーとなって、それを課せられた人を苦しめる。心を削り続けるように思う。
プレッシャーは時に成長のために欠かすことができないが、それはプレッシャーのその先に、ワクワクするような未来を感じることができてこそではないだろうか。
売上目標を掲げること自体が悪いわけではない。数値化された目標は、ゴールと現状の差分を客観的に示してくれるから、取るべき行動を導き出しやすい。
しかし、目標は所詮ツールであって動機足り得ない。まずは動機の源泉となる目的があった上で、それに沿った形で設定されてこそ、意味のある目標となるのだと思う。
会社は決して無機質なものではなく、人が人らしく活動するべき場であると私は考える。であるならば、いかにも人間らしい考えが、会社の活動の源泉として織り込まれているべきなのだ。

*1:職業・職種によるのは理解している。