これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

フローを作り出すことを意識する

投資、投資と考えていたのだけど、それって、つまりフローを作り出すことなんだね!と思い至った。自分なりに纏めてみる。

お金のフローを意識する

手元にやってきたお金の行き先は、主に3つだと思う。

  • 消費
  • 貯蓄
  • 投資

消費については特に語ることもない(節約するくらい)ので、貯蓄と投資について思うところを。
貯蓄というのはストックであって、入ってくるフローを大きくする行為ではない。フローを意識するということは、手元から放すことによって、将来入ってくるお金を増やそうってことだ。つまり投資なのだが、問題は投資の仕方だ。
お金を投資して利回りを得る、所謂普通の投資は難しい。例えば、投資金額に対し高利回りを狙うのは、リスクが高すぎる。ギャンブルに近い。一方、低利回りだとリスクは低いがリターンも低い。少ない資金だと、あまり効率がよろしくない。
選択肢としては、ギャンブルは嫌なのでローリスク・ローリターンなモデルになるのだけど、だからこそ一定の資産を作るまでは、敢えて金融的な投資をするのはあんまり意味が無いのかな、と最近思った。うん、最近・・・。何故かは言わないw
でも実はローリスク・ハイリターンな投資先もあると思っていて、それは自己投資だろう、と。これは確実に効くと思う。自分自身を振り返っても、就職してから八年になるが、トータルで数百万くらいは収入に差がでているように思う。しかも、これまでに得たスキルは、まだしばらくはリターンを作り続けるだろう。


なので、資産が少ないうちは、貯蓄と自己投資にバランスよく配分するのがいいんじゃなかろうか。
どのくらい貯蓄が必要かは、生活上のリスクをどこまでヘッジするかによるけど、自己投資が少なすぎるのも実は生涯年収で考えるとリスクが高いんじゃないかと思うので、健康不安が少ない若いうちは、自己投資中心がいいのではなかろうか。

知識のフローを意識する

知識の場合、お金のフローと根本的に違う部分がある。お金は投資すると一旦、手元からは無くなってしまうが、知識はアウトプットしても無くならないのだ。それどころか、場合によってはアウトプットしながら、新たな発想が生まれ増えていくこともある。
ストックという点でも違いがある。お金のストックは、いざというときのための備えだが、知識のストックは「備え」ではない。
知識はアウトプットしても減らないんだから、出し惜しみしてもあまり意味はない。それよりも積極的にアウトプットし、そこから新たなインプットを得た方がいい。アウトプットを意識することで、インプットの質も格段に上がるし。

貢献のフローを意識する

ありがとうが次のありがとうへ繋がるフローがある。
貢献の連鎖には、ギブ&テイクでは得られない何かがあるように思う。というかギブ&テイクって、あんまり心地よくない。与えるにしろ、与えられるにしろ、それに対して見返りを意識するのは、どこか居心地が悪く感じてしまう。それがビジネスであればまだしも、人間関係においてのそれは、ちょっとドライさを感じる。
互いが互いにギブをする。そういう意識でいた方が、結果としてギブ&テイクの形になったとしても、心地よいのではないだろうか。


また、ギブ&テイクは基本的に2者間のやりとりになるのだが、貢献による連鎖は2者間に閉じたものではないと思う。ギブしてもらったことを、相手に返すのではなくて、他の誰かにギブする。そうやって、「ありがとう」が広がっていく可能性がある。大きなフローが生まれるかもしれない。
昔、自分がしてもらったことがある。まだ、それを返せていないなって感じる。返さなくていいって言われているけど、何か出来ることがあればって気持ちになる。と同時に、いつか自分と同じように困っている誰かに出会ったら、私が貰ったものをその人へと渡したいと思う。