これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

好きなことであればプレッシャーを気にせずにすむか

昨日のエントリーで以下のようなことを書いた。

4.プレッシャーをかける

プライベートな時間をつかった開発で、一番難しいのは形になるまで作り込むことだと思う。ちょっとだけやって放置してしまうことが多い。仕事と違って、強制力のある締め切りなどがないから、何が何でもやるということまで持っていくのが難しい。

なので、上手く自分にプレッシャーをかける方法があるといい。Blogを持っているなら○月○日にリリースしますと宣言したり、Award on
Railsのようなコンテストの締め切りを意識してみるとか。

それで、b:id:japanrockさんがブックマークコメントで

作ってて楽しいという気持ちがあれば、プレッシャーはふっとばせるかな?

と書かれていた。それで、ふと思うことがあったので、プレッシャーについて改めて書いてみようと思う。

なぜプレッシャーが推進力になるのか

プレッシャーとは嫌な未来への予感だ。現状の延長線上で、自分にとって良くないことが起きる。そんな気がする。だから、現状ではない状態に変化しようとする。変化することによって、現状の延長線上にはない未来が見えてくる。そんな変化を、成長と呼ぶのだと思う。
適度なプレッシャーは、人を成長させる力になる。頑張らないと達成できないことを、達成できるようにしてくれる。

好きなことだからプレッシャーに耐えられる

しかし、問題がある。例え適度であっても、プレッシャーがもたらす不安は人にとって不快なものだ。変化すること自体も人にとっては不安材料になる。そんな環境に身を置きたいとは、あまり思わない。
そこで出てくるのが「好きなこと」だ。
好きなことだから、プレッシャーを乗り越えた先にあるものが欲しくてたまらない。そのモチベーションが、プレッシャーのもたらす不快感に耐える力をくれるのだ。
間違えてはならないのは、好きなことだから不快感が無くなったり、軽減したりするのではない、ということ。不快感は確実にそこにある。ただ、不快感を感じないところまで自分を変化させる間、耐えることができるだけだ。苦しいと楽しいが、打ち消し合うのではなくて、まるで同時に存在するような感じ。でも、それが人を成長させるのだと思う。

結局、好きを貫けということ

人は好きなことであっても、なかなか自分の安心できる領域から出ようとしない。だけど、それは、今の自分がクリアできる問題しか相手にしないということだ。成長の必要がないということだ。
それではいつまで経っても、いまと同じことしかできない。もっと先を見てみたいなら、怖いと思えるところに足を踏み出さざるを得ないのだ。とはいえ、怖いだけだと足もすくむから、好きなことをそこに添える。怖くて堪らないけど、その先にあるものも欲しくて堪らない。そう思えるようなことを見つけられたら、人は足を踏み出せるのだと思った。