これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

これまでの経験が身体を作り上げてきたという感覚

昨夜、ふと中学時代に将棋クラブに入っていた時のことを思い出した。部活とかそんなんじゃなくて、授業の一環として、いくつかのクラブに分かれてレクリエーションっぽいことをするというもの。そこで顧問の教師と一局指したのだが、当時の私では全く勝てそうな気がしなかったのを覚えている。それで、今の自分はあの頃より間違いなく強くなっているけど、今の記憶を持ったまま当時に戻ったら勝てるんかな〜、とアホなことを考えてしまった。
それで更に思ったのが、仮に漫画みたいなことが起こって、当時に戻ってやり直すことができたとして、その場合ってやっぱり体も中学生の状態に戻るんだよなぁ、なんて。体が元に戻るということは、脳も例外ではないだろうから、それはつまり記憶を持っていくことはできないというこですか?みたいな。


まぁ、そんなことを妄想していると、ふと、今の自分を構成している諸々・・・特に脳を主として全身に張り巡らされている神経ネットワークって、これまでの行動と経験の積み重ねの結果なんだよなぁ、と。なんだか感慨深いものを感じてしまった。多分、体って毎日学習を繰り返していると思うんだよね。何か行動すれば、それに関わる神経と筋肉が強化され、何もしないでいれば使わない部分がやせ細っていく。そんな日常がちょっとずつちょっとずつ積み重なって、今のこの体(脳も含む)があるわけですよ。いやぁ、なんかすげぇなって。感覚で書いているので、伝わらないかもしれないけど。
んで、私の場合は、33年弱、積み重ねて作り上げてきたわけですよ。これ、無駄にしたくないなぁ、と思ってしまったわけです。せっかくここまで来たんだから、こっから先も正常進化させたいなぁ。
そんだけ。