これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

行動を止めるもの、行動を促すもの

こちらで取り上げた行動の「見返り」について、もうちょっと考えてみたい。

行動を止めるもの

見返りの観点から、行動を止めるのは何だろうか。
まず思いつくのは、不安や恐怖だ。行動をしないという選択を取ることによって、不安や恐怖を感じないで済むという場合がある。例えば、大勢の人の前でプレゼンテーションするとか、絶叫系のアトラクションに乗るとか。想像するだけで動悸がする人もいるだろう。この場合、行動しないことで不安や恐怖を感じないで済むので、それ自体が見返りとなる。
行動によって不安や恐怖が現実のものになる可能性が高く、かつそれが目先のものであるほど、大きな見返りになるだろう。面白いのは、タバコなどはこれに該当しないのである。タバコを吸い続けることで癌になる「かも」しれないし、それが現実のものになるのは随分「先」のことだ。この見返りは、行動を止めるほど強いものではない。
また、行動することによって何の欲求も満たすことが出来ない場合、見返りがないので、その行動は現実のものとならないだろう。

行動を促すもの

では、行動を促すものは何だろうか。
まず分かりやすいのは、欲求が満たされる行動だろう。おやつを食べる、テレビを観るなどは、欲求が満たされるから行動に移すのだ。
他には、行動することによって、いま感じている不安や恐怖が消える場合も、見返りとなるだろう。「仕事はつまらないけど、上司に怒られるから仕方なくやる」などは、このパターンだ。この場合も、不安や恐怖が短時間で、かつ確実に消えるほど、大きな見返りとなる。肥満で不健康な人がダイエットにチャレンジしたとしても、結果が出るまでに時間がかかり、確実にやせられるとは限らない(と思ってしまう)ので、なかなか継続することができない。

人を動かす

ほとんどの場合、行動を止める見返りと、行動を促す見返りの両方が同時に存在する。どちらを選択するかは、意識しない場合、見返りの大きさによってしまうのだろう。
見返りを上手く使うと、人を動かすことができそうだ。人とは、他人も自分も含まれる。


相手を動かすパターンには、以下のようなものが考えられる。

  • 相手の望むものを目の前に提示しつつ、行動に伴う不安や恐怖を消す、または低減してあげる
  • 相手の不安や恐怖を煽りつつ、そこから逃れる手段を目の前に提示する

合わせ技で

  • 現状のままでいることへの不安・恐怖を煽り、そこから抜け出す手段を、そのまま相手の欲求を満たすものにする

などできれば、結構他人を動かせてしまえそうだ。色々悪用もできそうで怖い。


また、自分の行動をコントロールするのにも、見返りを使うことができるだろう。
何か達成したいことがあるが、不安や恐怖によって足がすくんでいたり、怠惰な行動をとることに見返りがある場合、なかなか行動できない。そこで、こんな風にしてみるのはどうだろう。

  1. 達成したら得られるものを強くイメージして、自分の欲求を煽る
    • 金持ちになった自分
    • 自由に時間を使えている自分など
  2. その欲求のモチベーションを使って、自分を「戻ることに不安や恐怖を覚えるところ」までもっていく
    • 色んな人の前で宣言して自分にプレッシャーをかけるとか
    • 大きな金額を自腹で先行投資してしまって回収せざるえを得ないとか
  3. そこまでいけば、止めることに対する不安や恐怖が発生するので、前に進みやすくなる

実際、行動を始めてしまうと、それまでに感じていた不安や恐怖は小さくなることが多い。不安や恐怖を過大評価していたのだろう。だから、上記の3まで進むことによって、

  • 「欲求」と「不安・恐怖・怠惰」の綱引き

が、

  • 「欲求+新たに発生した不安・恐怖」と「薄まった不安・恐怖・怠惰」の綱引き

になる。より継続しやすい状況に、自分を置くことができる。まぁ、辛いだろうけどw


見返りは、とても奥が深い。知らず知らずのうちに我々は見返りに支配されて、行動を選択している。できれば上手く利用(悪用ではない)することで、理想の人生を歩むことができるようにしたいものだ。