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これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

Webアプリ、今後を思ふ

ウェブ開発ブームの終焉 - SourceForge.JP Magazine : オープンソースの話題満載を読んでて、色々思った。
こういう記事が出てくるのは、いきすぎなほど加熱してしまう時期が終わり、地に足をつけたような「実用」に重きをおいた時期へ移行しつつある証左かもしれない。だから、上記記事タイトルの「ブームの終焉」という表現は、適切だ。


ちょっと私なりにふりかえってみたい。
旧来の技術に「Ajax」という名前付けがされることにより、Webブラウザですげーことできっぞ!ともてはやされ、実験的に色々なアプリケーションが生まれた。
また、Web2.0という言葉を旗印に、群集の叡智をかき集めて何かを実現しようとするアプリケーションも、たくさん生まれた。
あるいは、OSの時代は終わり、これからはWebブラウザがソフトウェアの基盤になるのだと、WebOSやWebデスクトップみたいなアプリケーションも生まれた。
多分、これまでは可能性を探る時期だったのだと思う。あれもできるんじゃないか、これもできるんじゃないかと期待先行で多くの人がWeb開発に取り組んだ。まぁ、私もその1人。
それが、徐々に「実用的であること」に重きがおかれはじめたのではないかな、と思う。もちろん、今後も実験的な取り組みは行われるだろうが、ペースは落ちる。それよりも、しっかりと使い続けてもらうためには、どういうアプリケーションを作ればいいのかが重視される。これは当たり前のことではあるけど、加熱している時期では意外と軽視されやすい。


一方で、ここ最近、別のトレンドもあるよね、と思う。それはデスクトップアプリへの回帰だ。
デスクトップというか、プログラムの実行環境がWebブラウザ上からOS(またはその上のVM)へ戻りつつあるんだな、と。ただ、当然ながら従来への単純な回帰ではない。最も大きな変化は、データの保存先がインターネット上になっていることだろう。
Webアプリケーションの最大の利点は、物理的にどこのPCから利用しようとも、常に自分のデータにアクセスできることだ。GmailのようなWebメールなどは、良い例。
それで、ネイティブなアプリケーションのデータをインターネット上に保存するということは、この利点をそのまま享受できる。Webブラウザ経由で簡易的なアクセス手段を提供しつつ、本格的な利用にはOSネイティブなアプリケーションを使う。そんなアプリケーションが、結構出てきたなぁ、という印象がある。
代表的な存在としては、

がそれにあたるのではないだろうか。


期待先行の時期から、実用性を求める時期に入っているのであれば、この流れは今後の主流になるんだろうなぁと思いつつも、今のWebアプリケーションのように様々なものが短時間に大量に生まれてくることはないのだろうとも思う。なぜならば、そこで求められる技術が多岐にわたるため、単純にWebアプリを開発するよりも難易度が高いからだ。
Windowsで、OS Xで、Linuxで、あるいはiPhoneで、WindowsMobileで、そしてWebブラウザで動かそうと思うなら、一体どれだけの技術要素が必要になるのだろうか。どれだけの開発体力が必要なのだろうか。
今後も個人や小さな企業から、様々なアプリケーションが生み出されていくだろうが、Webアプリケーションを作るだけの手軽さは感じない。より難易度が高くなっていくのだろうと思う。
しかし、それは逆に我々プログラマーにとってはチャンスなのだ。多くの人が参入してきたが故にコモディティ化してきた技術に、再び差別化を生み出すいいきっかけになるのではなかろうか。もちろん、それは困難であるが故のチャンスなのだが。