これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

平凡は妙手に勝る

当たり前を繰り返すことこそ、最上

良い結果とは、当たり前のことを当たり前に行うから手に入れることができる。


テストで良い点を取るには、しっかりと勉強する。
ブログでアクセスを稼ぎたければ、少しでも質が上がるように文章を書く訓練をし、毎日更新する。
健康でいたければ、過度な食事を避け、適度に運動をする。


どれもこれも、特別なことではない。一見、偶然の閃きのように感じるアイデアの創出でさえも、この世の大多数の人にとっては、テーマに関連したことを数多くインプットし、テーマについて時間をかけて考え、アイデア出しを手伝ってくれるツールを活用するという当たり前の行動の積み重ねなのだ。
良い結果を手にするための近道はなく、ごくごく当たり前の平凡なことを繰り返していくだけだ。本エントリーのタイトル

平凡は妙手に勝る

とは、将棋の大山康晴十五世名人の言葉である。大山名人と言えば、その実績においては羽生善治を持ってしても未だ遠く及ばない、まさに「史上最強の棋士」だ*1
その大山名人が平凡であることを最上としているわけだ。ただ当たり前を実行することの大切さを、ひしひしと感じざるを得ない。

当たり前が見えるかどうか

将棋繋がりで羽生マジックに触れてみたい。
羽生マジックとは、羽生名人が時折終盤に見せる逆転の一手だ。その圧巻の逆転劇に魅せられた人は、私をはじめとして数多くいるだろう。
一見、この平凡とは対極のように思える羽生マジックだが、実はこれも「当たり前」を実行しているのではないか。苦しい局面において、諦めずにただ最善手を積み重ねていく。その結果としての羽生マジックなのだ。
だけど、他の人には羽生にとっての当たり前が見えない。だから、マジックのように見える。
こういう事は、将棋じゃなくても良くあることだ。上級者からみれば当たり前のようなことでも、経験の少ない人やしっかりと学ぼうとしない人には、それが見えない。だから迷走し、結果が出ない。何故、失敗したかもわからないので、今回は運が悪かっただけだ、などと言って現実から目を逸らす。


卓越した結果を出すためには、当たり前のことを当たり前に実行するだけ。だから、結果が出ない場合、

  • 当たり前のことを実行していない
  • 当たり前が何か分かっていない

のどちらかなのだろう。自分を振り返る時、これを忘れないようにしたい。

*1:羽生ファンとしては大山を越える活躍を願うが