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これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

優先順位を決めるのは勇気

またまたドラッカーの経営者の条件より。

優先順位の決定には、いくつか重要な原則がある。すべて分析ではなく勇気に関わるものである。第一に、過去ではなく未来を選ぶ。第二に、問題ではなく機会に焦点を合わせる。第三に、横並びではなく独自性をもつ。第四に、無難で容易なものではなく変革をもたらすものを選ぶ。(P151より)

会社に所属していようと、自分で会社を立ち上げていようと、あるいは仕事とは全然関係の無い場であっても、自ら意志決定をしようとすれば、そこには無数の選択肢がある。そこで厄介なのが、

  • 損をしたくない

という心理ではないだろうか。
過去ではなく未来を選ぶのは難しい。未知に踏み込むことに恐怖するのは、これまでにない新たな損をしてしまう可能性を感じるからだ。
チャンスではなく問題に焦点を合わせてしまうのは、問題は損を生み出しているので、それを回避したくなるからだ。
独自性をもって尖るのは、過去に実例が無いだろうから、失敗して損をしそうな気がする。
無難で容易な選択をすることは、まさに損の回避そのものだろう。


今より良い未来を目指して踏み出すということは、今までのやり方をどこか変えていかなければならない。
未来は過去と同じではない。過去にできなかったからといって、それが未来でもできないという証拠にはならない。但し、それは自分が過去とは違う行動パターンをとることができたら、という条件がつく。


以前、限定合理性について書いた時、以下のように記述した。

損をしないような選択をする、ということは、いま自分がもつ限定合理性の範囲内で生きていくということだ。それは恐らく、いま以上に何かを得るということには繋がらない。現状で満足しているならそれでもいいが、金銭面でも精神面でも、何かいま以上に得たいものがあるのであれば、限定合理性を超えていかなければならないだろう。

損をしないことを考えるのではなく、利を求めることを考えた方がいい。そうあって初めて、いまこの瞬間まで続いていた過去からの流れを変えることができる。
そして、それを実現するために必要なマインドセットに、勇気があるのだろう。


良い未来を求めて選択するには、勇気が必要である。それを知っていることは、案外重要かもしれない。
なぜなら、良い選択には大抵恐怖が伴うであろうことが分かるからだ。恐怖によって、自分が本当に望む優先順位の決定に、狂いが生じてしまうかもしれないことが分かるからだ。
知ることによって、対処もまた可能になるのだ。

集中とは、「真に意味のあることは何か」「最も重要なことは何か」という観点から時間と仕事について自ら意志決定をする勇気のことである。この集中こそ、時間や仕事の従者となることなくそれらの主人となるための唯一の方法である。(P152より)

私は、私の時間や仕事の主人となることを望む。