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これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

根本問題の解決は、コンフリクトを解消する・・・かも?

日常の中で問題を認識するきっかけは、実際に発生した現象だ。
通常は、その問題を解決あるいは回避しようとして、現象そのものに対して手をうとうとする。そして、はたと気づくのである。Aに対応するとBが立たず、Bに対応するとAが立たないという現状に。表層上の問題同士がコンフリクトして、動きようのない状況に陥るのだ。
結果、生み出されるのは妥協案だ。しかし、妥協とは双方に不満を残す解決策でしかない。しばらくは沈静化するかもしれないが、結局、後になって同じ問題にぶつかることになる。
これは仕事においても、プライベートにおいてもしばしば起き得ることだ。


こういった問題の多くは、同じ根本原因から派生したものであることが多くないだろうか。コンフリクトするといことは、どこかに共通項があるからで、それは、ある1つの根本問題を起源として表面化したものだからだ。


具体例をあげてみよう。
あるシステム開発プロジェクトが、スケジュールに遅延し、メンバーは日々、遅くまで残って作業をしていた。ところが、よくよく見てみると、本当に作業が多くて大変なのは一部の高スキルな人だけで、その他の未熟な人たちは深夜まで残業するほどの作業はもっていなかった(割り当てられなかった)。
そこで、未熟な人たちをそのまま深夜まで作業させても学習効率は低いだろうと、早めに帰らせる案が浮上した。しかし、それを聞いた作業負担の高い人たちは、なぜ自分たちだけが遅くまで頑張って作業をしなければならないのか、と不満の声をあげる。コンフリクトだ。
この場合、どっちの意見を採用するかに焦点をあわせると、どうにも厳しい。そもそもこの状況に陥った原因は何かと探れば、無理のあるスケジュールだったりするかもしれない。スタート時点のチーム体制だったかもしれない。事前の準備不足だったかもしれない。そういった原因を探っていき、今回おきた現象に共通する根本問題を見つけ出したなら、そこへ手を打つといい。
まぁ、大抵、根本問題の解決は困難なので、そんなの無理だよな〜となってしまうかもしれないけど。でも、例えば、スケジュールの延伸ができたなら、みんなが粛々と作業できるような状況に持っていけるわけで。
そういった類の手で、打てるものがないか検討してみることは大切だ。


コンフリクトそのものを真正面から何とかしようとするのではなく、ちょっとだけ問題を掘り下げてから手当を考えると、効果的に解決できるかもしれない。