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これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

手を動かす力

いち作業員から、次第に部下を持つようになり、役職などついてくると、手を動かす仕事より頭を使い指示を出す仕事の方が増えてくる。末端の作業が頭を使わないというわけじゃないけど、組織の上層へ近づくほど、プログラムソースのように具体的で形のある成果物がなくなる。それは、実際に手を動かして何かを作る、という作業の比重が下がっていることを意味する。
私自身も、自分の作業についてそういった傾向を感じている。更にいえば、危機感も感じている。


ずっと部下が居て、組織の上へ上へと登り詰めていくつもりなら、何の問題もないのかもしれない。でも、私は独立したいし、そうする。ということは、少なくとも一旦は、手を動かす仕事の比重がとても高くなるわけだ。
大きな方向性を考えることも非常に大切ではあるのだけど、成果を実際に手を動かし、行動をしてこそ得られるものだ。考えることで大きな成果を生み出すことができるのは、手を動かす仕事の仕組みがしっかりと出来上がっていてこそなわけだ。


それで、自分の現状を振り返ってみると、手を動かすことが圧倒的に減ってきている。
しばらくやってないと、これが衰えるもんですね。いや、質自体はさほど落ちていないかもしれない。落ちているのは、量を生み出す力。あ、いや、単位時間当たりの生産量が下がっているんだから、作業の質も落ちてるのか。寧ろ、質が落ちてるのか。そうか。
これは量をこなしながらリハビリするしかない。だから、積極的に手を動かす時間も取っていく必要があるのだろう。
あるいは、自分の生産性を補完する何らかの仕組みを作ればいいのだろうけど、それをやるにも今のままでは力不足か。