これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

決断を要求するセールストーク

昨年の後半辺りから、自己啓発系のセミナーに参加したり、情報を集めたりしている。で、結構な確率で出会うセールストークがある。これだ。

  • 確かに高いです。でも、この値段をいま決断できる人が成功するんです。


まず、誤解ないように言っておきたいのだけど、私は自己啓発系の本やセミナーは比較的好きな方だと思う。マイケル・ボルダックの達成の科学などは、感覚が合うのか、繰り返し勉強している。インカンテーションなども、記事のテーマに取り上げたりしている。
そんな前提で本題へ。


上記のセールストークは、決断力と成功者の関連性をアピールして、

  • 成功者になりたいなら決断できなきゃ駄目ですよ
  • 多くの成功者がこのセミナー(あるいは教材)の購入を決断していますよ
  • 私はあなたに成功していただきたいのです。決断していただきたいのです。

と訴えている。恐らく、ウソを言っているわけではないのだろう*1
しかし、私は思うのだ。このセールストークに乗って、購入を決意することが決断なのだろうか?と。いや、そりゃ高い金を払うという決定には勇気がいるし、一定の評価はあるのかもしれないけど。


良く考えると、「決断」の反対は「決め(られ)ないこと」だろう。決めないというのは、つまり買うも買わないも決めかねて迷っている状態だ。だから、

  • 買わないと決める

ことも「決断」なのだ。決断力があることを示すだけなら、それでもいいわけだ。


また、そもそも決める必要のあることかどうかも考えなければならない。
確か、ドラッカーの本だったと思うが、

  • 意思決定しないことで何か不都合が起きる場合、何らかの決定をしなければならない。しかし、何も不都合が起きないのであれば、決めてはならない。

といった趣旨のことが書いてあった。あとで正確な引用を探しておく。
決断を遅らせることのメリットもある。それは、時間が経つほど情報が集まるので、より正しい決定が何か判断しやすくなるのだ。弊害がないのであれば、無理に早く決断する必要はない。


いずれにせよ、避けるべきは思考停止である。
売り手の文句をいちいち疑う必要はないのだが、それが自分にとって一体どういうものであるのかは、自分自身の脳みそをしっかり使って判断するべきだ。
そうすることで、決断が「自分のもの」になる。自分の選択と認識できれば、結果が成功だろうと失敗だろうと、身になる学びを得ることができるはずだ。
意思決定を他人に委ね、そしてそれを自覚しないまま、俺の決断力はすげぇ!なんていい気分に浸っている・・・というのは避けたいものだ。

*1:中には詐欺まがいのものもあるらしいが