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これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

自分なりの正しさが行動の基盤

ブログのアンケートにて、人生観について書いて欲しいとのご意見をいただいた。正直、全く想定していなかった回答なので、びっくりした。
が、しかし人生観。どんな意味だっけ。。。(ぇ < 改めて考えてみると曖昧な認識しかしてない
ぐぐれかす?ごもっとも。

人間の生き方や生きることの意味に関する考え。人生の価値・目的・態度などについての考え。

なるほど。


というわけで、私の人生観だが、

  • 正しい行動をとること

が大きな割合を占めているのではないかと思う。しかし、正しいとはいっても主観的なものなので、他人にとっても正しいかどうかは分からない。
自分なりに正しいかどうか、が重要なのだろうと思う。
そこを曲げて行動しなければならないとき、非常に居心地が悪い。
だから、ポジショントークは苦手。相手の言い分に正しさを感じてしまうと、応援すべき人を応援すべきところで応援できなくなってしまったり。腹に別の思惑を抱えたままの交渉事も苦手である。あと、ルールを無視して裏でこそこそ動くのも苦手。
自分の価値観よりも、もっと大切なものを優先するだけの覚悟がない、単なるへたれかもしれない。


また、否定されることを怖がる性質なので*1、正しさを貫きたいのだが、貫くとすんごい否定されることが想定される場合には、はげしい葛藤が始まるw
で、貫けなかったら、後でこれまた激しい自己嫌悪に陥る。
というわけで、基本、そういった局面はなるべく避けたいので、事前の段取りなどに気を使うようになった。


この正しさにこだわる性質が、利己的なものであることは自覚しているので、そこは正しさをどう定義付けるのかで軌道修正をしてきた。
良質な情報というのは、概ねそこに利他的なものが含まれていることが多い。それを取り込むことは、恐らく私の人生の質に関わることなので、それこそ必死だ。


正しいプログラムとは何か。
正しいリーダーとは何か。
正しい上司とは何か。
正しい経営者とは何か。
正しい会社とは何か。
正しい夫とは何か。
正しい人間とは何か。


人間なので誤った判断や行動をとってしまうことは、やっぱりある。
であるからそ、これらの答えを自分なりに追究し、しっかりと実践できるかが、私にとって最も重要な人生のテーマなのだろうと思う。


最後に、改めて考えるきっかけをいただけたことに感謝。

*1:他人と比べることはできないので、どの程度のもんかは分からないけど