これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

重要なのは結果なのか、プロセスなのか

仕事の手順を考えると、

  1. 欲しい結果を設定する
  2. 段取り、手順を考える
  3. 実行する
  4. 結果を検証する

という感じだろうか。


このうち、3つめの「実行する」以外は結果を生み出さない。結果を生み出すのは、唯一、行動だけである。
だから、とかく目先の結果を求めようとすると、実行することを優先することになる。
とにかく行動しろ。困ったら、その時に考えればいい、と。


一方、継続して結果を出し続けるには、検証→改善という手順を外すことができない。
では、実行することに加えて、検証することを加えればいいのだろうか。
多分、それでも実行するだけよりもマシにはなる。しかし、検証するときの基準がないがネックだ。
欲しい結果を設定していないが故に、結果の良し悪しの「程度」を判断できない*1。段取り・手順を設定していないが故に、改善するべきところが判断できない。
中長期にわたって結果を出すには、実行するだけではなくて、その前後の手順も必要になりそうだ。
恐らく、継続して結果を出せるようにプロセスを設計することが、仕組み作りなのだろう。大きな結果を見ているからこそ、プロセスに注力することができて、プロセスに注力するから、結果も自動的についてくるのかもしれない。


ところで、短期的な結果を求めて「とにかく実行」を繰り返す人と、中長期的な結果を求めて「プロセスの改善」をしていく人で、結果を出せる割合(100人中何人結果を出せるか)は、意外と変わらないのかもしれない。
前者は運次第なので、結果を手にする人は限られる。後者は、継続できる人が少なそうなので、これまた結果を手にする人は限られる、と。
しかし、大きな違いとしては、前者の場合、1度大きな成果を出したとしても、2度3度と繰り返すことができなさそうだ、ということだろうか。リソースがある分、多少、可能性が高いかもしれないけど。

*1:感覚では判断できるだろうけど、何となくになってしまうので、改善の程度を定量的に決めることができない。