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これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

やろうと決めると、やった気になってしまう

自分や自分の身の回りのことについて、嫌なことはたくさんある。
嫌なことは嫌なので、どこかで一念発起し、何とかしようと決める。
で、決めたはいいが、決めただけで安心してしまって、結局行動に移さないケースが・・・まぁ、割とある。
あるいは、行動は起こしたけど、当初の目的を達成しないまま、途中で止めてしまうことは・・・まぁ、とても良くある。


人の行動の原動力は、

  • 「痛み」を避け「快楽」を得る

である。現状に痛みがあると、その痛みをなくそうとするので、行動を起こしやすい。ところが、この「痛み」というのは、意外と簡単に消えてしまうのだ。
例えば、会社が嫌で嫌でたまらないと思っている場合、転職活動を始めてしまうケースがある。で、まぁ、とりあえず転職サイトなどに登録するわけだけど、ちょっとだけ行動したことで、今の環境から抜け出せるかもしれない希望が見えてくる。
希望が見えると、痛みが軽減されるんだよね。
痛みがなくなれば、行動の動機が無くなるので、そこで止めてしまう。
で、またしばらく経つと不満がたまって、嫌で嫌でたまらなくなる以下ループ。


「痛み」を行動の動機にするのは悪くないらしい。スタートダッシュという意味においては。
しかし、痛みは消えてしまうので、長続きさせることはできない。
長続きさせるには、行動を上手く快楽に結びつける必要があるのだ。


・・・というわけで、続きはまた今度。