これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

抑圧された本当の感情に気づく

感情的にわがままになる時間はあるだろうか。
私は最近、自分の欲求に従って感情を表に出すことの大切さを知った。
こういった時間を持てない場合、どこまでも自分に無理をかけることになる。


他人に対して感情をぶつけろ、ということではない。それでは単なるヒステリーに成りかねないし、場合によっては人間関係を破綻させるだろう。
ここで言いたいのは、一人の時間を持ったときに、自分の本当の感情を再確認するということだ。


例えば、上司に怒られてショックを受けたとしよう。この場合、主に次のような反応をする。

  • 怒られたことで「失敗してしまった・・・」と感じ、凹みながらも何とかリカバリーしようと頑張る。場合によっては、頑張りすぎて精神的に追い詰められていく。
  • 上司の怒りを理不尽なものと感じ、逆に怒りや不満を感じる。場合によっては陰で愚痴る。
  • 面倒なので表面上は謝罪しつつも、実際には心の中では舌を出す。場合によっては無視をする。

これらはいずれも、実は自分の感情を誤魔化している行為ではないかと思う。


本当は、どんな感情を持っているのだろうか。
具体的には、

  • 助けて欲しい
  • いい加減にしてくれ!
  • 許して欲しい

など色々だと思うが、これらに共通しているのは

  • 自分の中にあって欲しくないと思っている感情

ではないだろうか。それを見せると「弱み」になると思い込んでいる感情、と言い換えてもいい。


自分にはないはずの感情、持ちたくない感情だと思っているので、無意識のうちに別の言葉や感情に置き換えてしまう。
しかし、これではいつまでも本当の感情は抑えつけられたままになってしまい、それが少しずつダメージとなって精神的な健康を損なわせていく。


1日に1回でも、1週間に1回でもいいので、一人の時間が取れたときに、本当の感情は何だったのか振り返ってみて欲しい。
言葉で表現してみて欲しい。
目の前に原因となった人物がいると想像して、気兼ねなく言葉をぶつけてみよう。
意外なほど強い感情が溢れ出てくる。
ああ、本当はこう思っていたのか・・・と再確認できる。自分が無理をしていたことに気づく。
実際に行動をどう変えるかは色々なことを考えなければならないだろうが、少なくとも自分が抑圧していた感情の存在を認めてあげることは、どこか気持ちを楽にしてくれる。