これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

やりたくない仕事。それが活きるのは・・・

やりたくない仕事に取り組まなければならないことは、働いていれば必ずある。
あるいは今の職場環境(人間関係を含む)が嫌でたまらないことも、あるだろう。
そんな時、何とか今の状況から抜け出せないだろうか、と考えてしまう。


いやでいやでたまらない。
私もそう思ってしまう仕事がたくさんあったし、今もある。残念ながら。
私はいま、私が本当にやりたいことに専念するために、必死に準備をしているけれど、それが叶ったとしても、やっぱりやりたくない仕事(作業)は存在するのだと思う。
それらは、欲しい結果のために乗り越えるべきハードルであったり、避けることが難しくやらざるを得ないこと(人間関係が絡んだり、法律的な制約があったり)であったりするのだろう。
選り好みしてやりたいことだけをやっていては、過程は楽かもしれないが、結果は辛いものになりそうだ。


とはいえ、だ。
やりたくもないことだけを、ひたすらやることになるのは勘弁して欲しいところだ。
やるべきことはやるにしても、必要もないのにやりたくないことをするのは、やっぱり避けたい。
ということは、「やりたくないこと」を何かの基準で評価し、取り組むか避けるかを決められるようにすればいいのか、と。


それで一体何を基準にすればいいのかと考えた。
で、ずばり「先の機会に活きるかどうか」で判断すればいいのではなかろうか。

  • この仕事で結果を出せば、上司に信頼されて発言力も高まるかも。そしたら、働きやすくなるよね!
  • この仕事は割に合わないけど、お客さんの信用を得られれば、次に大きな案件もらえるかもね!
  • この仕事、本当はやりたくないけど、先々を考えるとこの仕事を通して得られるスキルは重要だよね!

など。


未来まで想像したときに、今のこの仕事がどういう位置付けのものなのかを考えたい。
そして、それを前提に、目の前の仕事に対して、どう取り組むのが適切なのかを考えたい。